新型コロナウイルスPCR検査は国民全員に行うべきなのか
「新型コロナウイルスが心配」という患者全員に新型コロナウイルスのPCR検査を行うことが,偽陰性者数の問題から適切ではないことはすでに述べた(「The SPELL blog―新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のPCR検査の意義をEBM的思考で考える).クラスター戦略によって,東京都ではPCR検査実施人数は変わっていないが,PCR陽性者数は減少の兆しを見せている.
しかし最近, 潜在している数も含めて感染者数が増えたので,検査を拡大するべきという主張が再び見られるようになった.
絶対的な感染者数が増えてきている現状では,COVID-19疑いの患者が検査結果が出るまで個室のベッドを専有することは医療機関の負担を増やし,重症患者の診療に差し支えることになるので,特に入院患者でのPCR検査は結果はできれば即日,遅くても翌日には出てくれないと困る.
検査体制の強化が必要であることは間違いない.そして,区市町村に医師会を運営の中心としたPCRセンターが整備されるようになったことで,一歩前進した.これによって,医師が必要と判断したときに迅速に検査ができる体制になった.
ただ一方で,信頼できる識者も含めて,もっと広く「国民全員に」ないしは「流行地域では無症状者や軽症患者にも広く」PCR検査を行うべしという主張も散見される.本エントリーでは,COVID-19蔓延期において国民全員にPCR検査を行うべきなのかどうかを論じてみたい.
「国民全員に」ないしは「流行地域では無症状者や軽症患者にも広く」PCR検査を行うべきとする主張の論理
国民全員ないしは流行地域では無症状者や軽症患者にも広くPCR検査を行うべきとする主張の趣旨は以下の通りだ.
感染対策の目的は死亡者数を減らすこと
→死亡者を減らすためには感染者数を減らす
→→感染者数を減らすためには感染者を徹底的に隔離する
→→→徹底的に隔離するためには感染者をできるだけ見つける
→→→→無症状感染者が感染を広げている
→→→→→流行地域では無症状や軽症例を含めた多くの人に検査を実施すべき
しかし,この論理には問題があると思うので,1つずつ論じていきたい.
「検査陰性」という結果がもたらす弊害
感染を広げている無症状感染者を見つけるためにPCR検査を行っても,その感度の低さから見逃しが多くなる. PCR推進派が推定したデータを使って具体的に考えてみよう.
無症状の感染者が相当数いるので,少なく見積もっても東京の感染率は1~2%との指摘がある.流行地域である(流行地域の定義が不明ではあるが)東京都の人口が1395万人なので,仮に感染者が1%いるとすると139,500人になる.この人達をPCR検査で見つけたいと考える.PCR検査の診断特性は,感度70%,特異度99.9%(以前私が仮定したのは99%だったので,さらに高い)としている.仮にそうだとして計算してみると,偽陰性者数(感染者のうち検査結果が陰性となる人数)は41,850人になる.この4万人あまりは隔離されないので,検査結果が陰性であることで安心してしまい,人と人との接触が甘くなる可能性すらある.
私は,検査特性の解釈についてはそれなりに詳しいつもりである.それでも結果を示されたときのインパクトは大きく,理屈では分かっていても陰性という結果を見るとホッと安心してしまう自分がいることに気づく.それだけ検査結果の与える影響は大きいのだ.無症状患者や軽症患者の方が感染力が高いというならなおのこと,そういった人達が外出してしまうのは危険である.かえって感染を拡大させてしまう可能性があるからだ.陰性でも感染が否定できない以上,検査結果によらず外出を控え,人と人との接触を可能な限り少なくすることが肝要である.
流行が進み患者数が多くなると全例検査をしたほうがいいとされるが,もし感染率が1%から2%に増えると偽陰性者数は83,700人になる.
そしてさらに慶応大学病院の無症状の入院患者の5.97%(4人/67人中)でPCR陽性だったことから感染者が6%いると仮定すると(本来はPCR陽性=感染者とは言えないことに注意),なんと偽陰性者数は251,100人に膨れ上がる.
しかも,これは感度を見積もっており,実際にはもっと偽陰性は増える.
これだけの人達に結果が陰性だったが感染している可能性があるので外出を控えるようにと忠告してもにわかには信じてくれないだろう.仮に感染しているにもかかわらず安心して出歩いてしまうことになると,感染が広がってしまうのではないだろうか.
PCR検査陽性者の隔離における問題
そうではなく真陽性者を確実に隔離することが重要だという.ところが,真陽性者を隔離するには,それだけの施設が必要になる.感染率1%で隔離が必要になるPCR検査陽性患者は111,460人,2%では208,971人,そして6%では599,013人にもなる(上表参照).これは江東区の人口(51万人)を超える.それだけの病院やホテルをどうやって確保するのだろうか.
また偽陽性者の2週間隔離も問題である.どの感染率であっても,およそ1万3000人台の非感染者を2週間隔離して自由を制限することことになるが,これは重大な人権侵害にならないだろうか.しかも無症状者である.自宅隔離と異なり,施設での隔離は極めて不自由な生活を強いられる.ダイヤモンド・プリンセス号で検疫のために長期に渡り隔離を強いられた人達がいたことは記憶に新しい.
また,ここでは特異度が99.9%とかなり高い検査特性を見積もっているが,実際のところはわからない.RNAが検出されたとしてもそれが感染性を持つ「生きたウイルス」かどうかはわからず,またたかだか20塩基程度のプライマーでは,非特異的にSARS-CoV-2でないRNAを拾ってくる可能性もあること,また検査室でのコンタミネーションの問題もあり,特異度が意外と低い可能性もある.
仮に,特異度が99%とすると,感染率1%のときの隔離が必要なPCR検査陽性患者は235,755人で,そのうち非感染者が138,105人もいることになるので,こんなにも多くの人たちを2週間も拘束することは人道上問題である.
したがって,偽陰性者数,偽陽性者数の両方の面から,全国民ないしは流行地域の無症状者や軽症患者に検査を行っても徹底的に確実に感染者を全員隔離することは非現実的であり,不可能である.
PCR検査を全国民ないしは流行地域の無症状者や軽症患者に行う上での現実的な問題
またそもそもリソースが足りないという問題がある.
東京都の1日検査実施件数は一時期1600件まで増えたが,現在は300件台である.日本全国でも,1日1万6000件余りとされており,安倍首相は1日2万件にすると言うが,症状のない人にまで広げて週1回行うとなると,到底足りない.
さらには,検体採取にはPPE(個人防護具)の装着が必要であり,これも足りていない.検査機器が不足しているというよりも,採取する環境が整わないのだ.重症・重篤疾患を診療している医療機関に優先して資材を供給するためには,優先順位の低い人でPCR検査で消費しすぎないことが重要である.
実際に検体を採取してみればわかるが,かなり煩雑な作業である.自己採取キットが発売されて,その正確性や結果の解釈に責任を持たない会社が糾弾された結果,急遽方針転換し販売を見合わせたという事件も起きた.そんなに安易に行うものではないのだ.
PCR検査数と死亡率は全く関連がない
千葉大学のグループが,「西洋の国々でPCR検査の陽性率が7%未満の国では,陽性率がそれ以上の国に比べて1日の死亡者の割合が15%でしかない」との解析結果を発表した.「PCR 検査はリスクの低い人に対し大量に実施しても,誤って陽性となる数が多くなるので検査の意味がなくなる.必要な検査数を保つことが重要で,陽性率はその指標になる.日本の陽性率は 4 月 10 日現在 7.8%で上昇傾向にあり,(人口あたりの)死亡者数を増加させないために陽性率を低下させるように PCR 検査能力を拡大することが急務」と主張するが,全く論理的でない.PCR検査の陽性率が低い国が人口あたりの死亡者数も少ないのは単に患者数が少ないだけであり,患者数が少なければ重症者数も少なく,死亡率も低くなる.ごく当たり前のことである.
この報告の中にも「人口で補正した死亡者数とPCR検査数の間に関係はみられなかった」とあるように,検査数と死亡率は無関係である.これは,国別の比較を見ても歴然としている.人口100万人あたりの検査数と死亡数を見ても,全く関連性がないことがわかる.アジア大洋州の死亡率の低さが顕著である.
そもそも,日本は他の国に比べて死亡者数が少ない.これを感染が確認されていない患者はCOVID-19による死亡にカウントされていないからだと言うかもしれないが,さすがに今では死亡するほど重症例ならば検査はするだろうから,カウントから漏れることはないだろう.
現時点で, アジアでは 中国や韓国は収束しているが日本だけ収束していないというのも早合点である.日本はピークカット戦略を行ったのだから,ピークが遅くなっていてまだようやくピークが来た頃なのは当然である.図の最終地点で比較しても評価としてフェアではない.
そして,現時点でも死亡者数は少ないのであり,PCR検査をしたからといって更に死亡者数を減らせるかどうかはわからない.しかも,すでに感染者数はピークを迎えていると思われ,これから検査体制の拡充を行っても,体制が整った頃にはすでに収束してしまっているかもしれない.
必要なのは検査ではなく自宅隔離と外出制限
武漢は初期段階において軽症患者を自宅待機するようにしていたが,それでは効果がなく,感染を蔓延させていた.しかし臨時病院という隔離施設を作って軽症患者を隔離してから,感染が収束したという報告1もあるが,無症状者にPCR検査を広く行ったとは書いていない(調べた限り中国での検査体制についてはわからなかった).有症状患者を隔離したのと都市封鎖が功を奏したのではないか.実際,エピカーブは都市封鎖の1月23日を境に,新規発生患者が増加から減少に転じている.
隔離とPCR検査は分けて考えなければならない.本当に必要なことは,国民全員や無症状者に対するPCR検査ではない.また,Contact traceも3~5割程度で不十分であることを考えると,これだけ患者が増えてきた現在はクラスター戦略も限界に来ている.いま重要なのは,全市民を対象とした隔離(外出制限)の強化だ.無症状でも感染のリスクがあるならば,症状でも身体所見でも検査でも感染の有無がはっきりわからないのだから,検査結果如何にかかわらずとにかく人と人の接触を断つことだ.感染している可能性が高ければ家族内でもなるべく接触を避ける.隔離はCOVID-19の患者抑制と死亡減少に有効だったとコクランレビュー2で証明されている.検査はこれに寄与しない.検査で偽りの安心を求めてはいけない.
患者数増加の鈍化を見ると,緊急事態宣言での外出自粛要請が一定程度の効果を示しているとは思うが,長期化すると経済への影響が大きくなる.なるべく短期で終息させるためにも,可能な限り外出しないよう,人と人との接触を避けるよう,更に訴え続けなければならない.特にこれから連休に入るので,正念場となるだろう.
PCR検査は国民全員ないしは流行地域の無症状者や軽症患者に行うのではなく,適切な状況で,適切な環境において,適切に行うべきものである.PCR検査は入院を要する中等症・重症患者に限定して行い,また公衆衛生的に重要な流行状況の把握は,全数調査ではなく,インフルエンザと同様の定点観測を行うべきと思う.
※ 各国の人口100万人あたりの検査数,患者数,死亡者数の表を追加しました.また,PCR検査推進を訴えている識者には必ずしも国民全員に対するPCR検査を主張していないものもあるとのご指摘を受けましたので,表現を修正しました(2020年5月1日).
※ 誤字を訂正しました(2020年5月8日).
【利益相反(COI)の開示】
学術的COI:感染症専門医ではない,公衆衛生専門家ではない,海外の大学院在籍歴なし,市中病院医師,総合診療医 ,COVID-19 診療経験は軽症例のみ
経済的COI:製薬会社,医療機器メーカーからの利益供与は一切ない
- Pan A, Liu L, Wang C, Guo H, Hao X, Wang Q, Huang J, He N, Yu H, Lin X, Wei S, Wu T. Association of Public Health Interventions With the Epidemiology of the COVID-19 Outbreak in Wuhan, China. JAMA. 2020 Apr 10:e206130. doi: 10.1001/jama.2020.6130. Epub ahead of print. PMID: 32275295; PMCID: PMC7149375.
- Nussbaumer-Streit B, Mayr V, Dobrescu AI, Chapman A, Persad E, Klerings I, Wagner G, Siebert U, Christof C, Zachariah C, Gartlehner G. Quarantine alone or in combination with other public health measures to control COVID-19: a rapid review. Cochrane Database Syst Rev. 2020 Apr 8;4:CD013574. doi: 10.1002/14651858.CD013574. PMID: 32267544.