映画「恋愛裁判」にみる自治医大義務年限や医学部地域枠問題

遅ればせながら,映画「恋愛裁判」を観た.
公開からまだ1か月も経っていないにもかかわらず,上映回数はすでに減り,客席もまばらだった.
しかし,本作が投げかける問いは,決して小さなものではない.それは,「若年期の選択を,社会はどこまで拘束してよいのか」という問題である.
アイドルと自治医大義務年限や医学部地域枠との相同性
本作を観たのは,自治医大の義務年限や医学部地域枠の問題との相同性に興味を覚えたためだが,いずれも,未成年期あるいはそれに近い年齢での選択が,その後の人生を長期間にわたって規定する点で共通している.「契約である以上,守るべきだ」という論理は理解できる.しかし,発達段階にある若者の意思決定を,大人と同等の責任で扱うことが,本当に妥当なのかは,改めて検討されるべきであろう.
もちろん,契約は社会の基盤であり,軽視されてよいものではない.安易な離脱を認めれば,制度は立ち行かなくなる.一方で,人は成長し,価値観は変化し,人生の方向性も修正されていく.その現実を無視した制度は,やがて人を疲弊させ,制度そのものへの不信を生む.
現行制度の最大の問題は,「離脱は可能だが,実質的には不可能である」という構造にある.形式上は契約解除が認められていても,専門医取得や就業機会を制限するなどの強い不利益が課されれば,それは事実上の拘束に等しい.これは自由契約というより,準身分制度に近い状態と言える.
義務年限や地域枠制度の向かう先
一方で,医学部の義務年限や地域枠制度には,社会による先行投資という側面がある.多額の公的資源を投入して医師を養成し,地域医療として回収する仕組みである以上,一方的な離脱が公益を損なうことも事実である.したがって,本問題は「自由か拘束か」という二項対立で語るべきものではない.
過疎地の医療を確保するために,現状で医学部の義務年限や地域枠制度自体は維持するべきである.必要なのは,「拘束の撤廃」ではなく,「拘束の再設計」だろう.たとえば,義務年限中のキャリア支援と地域医療維持との両立,可能な限りの本人の望む研修の確保,勤務年数に応じた義務軽減制度,国費返還と引き換えにキャリア制限を撤廃する仕組み,地域外勤務との併用制度など,複数の出口戦略を制度として用意することが考えられる.離脱を責め,離脱を罰するのではなく,離脱しないようにする工夫として調整可能な選択肢として組み込む発想への転換が求められる.そうすれば,懲罰的な感覚も軽減されるであろう.
自治医大の義務年限制度は長年の積み重ねで県人会が現役生サポートする仕組みができており,研修内容を充実するべく都道府県庁との交渉を行っている.一方,医学部地域枠制度は歴史が浅いこともあり,必ずしも学生や義務年限中の医師へのサポート体制が十分とは言えない.おまけに朝令暮改で入学後にルールが次々と変えられてしまうことも多々ある.これは早急に是正するべきである.
若者に将来を託す社会であるならば,同時に「やり直す権利」も保障しなければならない.制度の安定性と個人の尊厳は,本来対立するものではない.両立させる設計こそが,持続可能な医療制度の基盤となるはずである.
「恋愛裁判」は,アイドルの現実を描きながら,私たちに制度と自由の関係を問い返す作品である.この問いを通じて,医療政策や教育制度の議論へと接続していくことこそ,私たち専門職に課された責務ではないだろうか.

