新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のPCR検査の意義をEBM的思考で考える

安倍総理大臣は2020年2月29日の記者会見で,以下のように述べた.

来週中に、PCR検査に医療保険を適用いたします。これにより、保健所を経由することなく民間の検査機関に、直接、検査依頼を行うことが可能となります。民間検査機関の検査能力も大幅に増強されます。
 加えて、現在、検査の中で2、3時間を要しているウイルスを検出するための作業を15分程度に短縮できる新しい簡易検査機器の開発を進めています。この1か月間、試薬の開発、精度向上などに取り組んできたところであり、3月中の利用開始を目指します。
 こうした取組を総動員することで、かかりつけ医など、身近にいるお医者さんが必要と考える場合には、すべての患者の皆さんがPCR検査を受けることができる十分な検査能力を確保いたします。

「かかりつけ医など、身近にいるお医者さんが必要と考える場合には、すべての患者の皆さんがPCR検査を受けることができる十分な検査能力を確保いたします」という部分について,検査体制を充実させることが良いこととみなされていることが窺い知れるが,結論から言うと安易に検査をするべきではない.その理由をEBM的思考で考えてみる.

SARS-CoV-2 PCR検査の感度・特異度

本日現在,調べた限りSARS-CoV-2のPCR検査の感度・特異度ともに検証した論文は発表されていない(検索能力に限界があるからかもしれない).というか,現在の診断基準では確定診断にPCR検査を用いているので,そもそも感度・特異度を論じることが不適切である.ただ,ここでは「(その時点でも経時的でも)反復検査で陽性となるものを受診時の単回でどれくらい正確に捉えることができるか」と解釈して,感度・特異度について考えてみたい.

一般的に,SARS-CoV-2のPCR検査の感度は低いとされる.これは,感染初期で体内のウイルス量が少ない,感染していても鼻腔にたまたまウイルスがいない,鼻腔にいてもこすった綿棒につかなかったなどの可能性が十分に有り得るからである.
「「SARS-CoV-2」のPCR検査の感度は、30~50%や70%だという報告がある」と感染症専門家は述べている.随分幅があるが,これは対象患者の選び方や,検体の採取の仕方,用いる検査試薬の違いなどがあるからである.とりわけ,対象患者の選び方は感度・特異度の値に大きく影響するので,慎重に批判的吟味を行う必要がある.

信頼できるデータがないので,同じコロナウイルスの2003年のSARSパンデミックのもの(これが使えるという保証もない)を探してみる.
国立感染症研究所のサイトの「SARS(重症急性呼吸器症候群)とは」のページには,2003年SARSパンデミックの原因だったSARS-CoVの診断特性について,

RT-PCR法:SARS-CoVのRNAを検出する迅速な検査法で、特異度も高いとされるが、感度が十分と言えず、陰性結果がただちにSARSの否定にはならない。病期によりウイルス排泄量が異なるため検出感度が影響され、発症後10日前後が最も高い。

と書かれているのみで,具体的な記述がなく,歯切れが悪い.
2003年SARSパンデミックの時のSARS-CoVのPCR検査の検査特性を検証した研究1では,感度は3日で80%に達し,特異度は90%以上とされていた. 一方,別の報告2では,感度は最初の3日では32%,14日では68%であり,こちらも研究によって報告は大きく異なる.ただ,SARS-CoVもSARS-CoV-2もそれほど大きく違わない可能性は十分にある.
仮に,感度は高めである70%を採用することにしよう.特異度は原理的に極めて高く,特異度が損なわれる原因があるとしたら,プライマー(鍵)が完全に一致しなくても引っ掛けて(鍵を開けて)しまうことが考えられるが,仮に99%とする.これは,かなりPCR検査に贔屓目の検査性能である.

感度・特異度と同じくらい重要なのは有病割合・事前確率

さて,偽陰性,偽陽性,を論じようとする場合に,もう1つ重要なことがある.それは,有病割合である.
ちなみに,「有病割合」は一般的には「有病率」と呼ばれることが多いが,これは誤りである.「率rate」は時間の概念を含むが,「肺炎患者の中でどれくらいの人にSARS-CoV-2感染者がいるか」を考えるときにはある一時点での話になるので,集団の中の部分を表す「割合propotion」を用いるのが正しい.
ともあれ,現時点でPCR検査を行う前に肺炎の患者の中でSARS-CoV-2感染者がどれくらいいるか,これが「事前確率」である.「肺炎患者におけるSARS-CoV-2感染患者の有病割合」と同義である.その高低によって,同じ感度・特異度の検査を行っても,結果の意味合いが変わる.

しかし,厄介なことに,SARS-CoV-2感染の有病割合や事前確率のデータもない.あったとしても,経時的に増減するのであまり参考にはならないかもしれない.
厚生労働省の発表では,2020年3月1日現在,国内でのSARS-CoV-2 PCR検査はチャーター便帰国者事例を除く国内事例で1,688件実施し,そのうち224例が陽性,とのことである.陽性率は224/1,688=13.3%,これは,現在の体制では保健所が判断したかなり厳格に検査の適応を決めたものであるので,実際の有病割合はこれより低いと思われる.ただ,軽症例を中心に検査していない患者が捉えられていないので,陽性例の例数はもっと増える.
これに対して,広くPCR検査を行った韓国のデータでは,PCR検査結果判明者中の陽性率は3,526/64,563=5.46%となっている.
したがって概ね事前確率は5~15%の間と考えるが妥当だろう.

事前確率と感度・特異度から考える的中率と偽陰性者数と偽陰性率

以上の条件から,四分表が作れる.
国内の状況(事前確率15%)のときの四分表は以下のようになる.

陽性的中率(検査が陽性のときに感染している可能性)=157/172=91.3%
陰性的中率(検査が陰性のときに感染していない可能性)=1449/1516=95.6%
偽陰性者数(検査が陰性であっても実は感染している人数)=67人
偽陰性率(検査が陰性であっても実は感染している可能性)=67/1516=4.4%

偽陰性率が高く,検査結果が陰性だった23人(=100÷4.4)のうちの1人が実際にはSARS-CoV-2に感染していたことになる.これが,ダイヤモンド・プリンセスでPCR検査陰性だった患者が下船後に新たに発症したとされる理由の1つになっている.

一方,韓国レベルに検査の範囲を広げた場合(事前確率5%)のときの四分表は以下のようになる.

陽性的中率(検査が陽性のときに感染している可能性)=2468/3078=80.2%
陰性的中率(検査が陰性のときに感染していない可能性)=60427/61485=98.3%
偽陰性者数(検査が陰性であっても実は感染している人数)=1058人
偽陰性率(検査が陰性であっても実は感染している可能性)=1058/61485=1.7%

検査が陰性であったにもかかわらず感染している人が1.7%いるのである.1.7%というと先程の4.4%よりも小さいように見えるが,偽陰性だった人は67人から1,058人に飛躍的に増えるのだ.大事なのは「率」ではなく「数」なのだ.だってその人達が周りに広めていくことになるのだから.
数字ではピンとこない人には,直感的に図示すると以下のようになる.検査対象を増やすと,感染しているにもかかわらず検査が陰性になってしまう患者が増え,その存在が無視できないくらいに多いことに驚くだろう.

「新型コロナウイルスが心配」という患者全員にSARS-CoV-2 PCR検査を行うと何が起こるか

さて,「発熱,咳が出たので新型コロナウイルスが心配」という患者全員にSARS-CoV-2 PCR検査を行うと何が起こるか.
風邪の発症率のデータがないので,極めていい加減な話になるが,成人は平均すると年に1回くらいは風邪を引くだろう.子供はもっと多い.仮に全国民が年1回引く風邪で新型コロナウイルスを心配してSARS-CoV-2 PCR検査を行うと,1億2000万回検査を行うので,検査結果が陰性の人は,1億1,466万人である.そのうち,実はSARS-CoV-2に感染している患者は180万人いることになる.検査が陰性だと安心するだろうから,この180万人は良かったねと普通に日本国中の街中を歩くことになる.知らずしらずのうちに,感染をあちこちでばら撒いているという状態になるのだ.しかも困るのは,誰がばら撒いているのかわからないことだ.なんと恐ろしいことか.
全員が風邪を引くことはないだろ!という声が聞こえてきそうなので,仮に風邪を引く人が人口の1割だったとしても約18万人だ.1%としても2万人弱だ.これだけの新型コロナウイルス感染患者が街を歩いていると知ったら,誰も外出したがらなくだろう.というか,外出するべきではない.しかも,これは検査特性を良く見積もった場合の話で,実際にはもっと感度が低いとなると,更に感染に気付かず街中を歩く人が増える.だから検査をして陰性だったからと言ってもぜんぜん安心できないのだ.くり返し言うが,この試算は全くデタラメだ.しかし,その規模感は外れてはいないはずだ.

したがってきちんとした専門家は,結果が当てにならないので,検査をするのではなく,新型コロナウイルスに感染しているかもしれないことを前提に,具合が悪ければ仕事を休んだり,外を出歩かないようにするよう言っているのだ. 検査を受けに病院に行くくらいならば,状態がひどくない限り家に閉じこもっていたほうがいい.また,本当は新型コロナウイルスに感染していないのに,病院に行くことで,かえって病気をもらう可能性だってある. 感染していた場合には 検査をすることで院内に撒き散らすことにもなりかねない.
私はかかっていないから大丈夫と思っている人が,実は感染していて自覚なく周囲に撒き散らしながら歩いているのは非常にまずい.国民の一人ひとりが感染拡大を防ぐべき行動する必要がある.誰か任せでは感染の流行は収束しないのだ.
これは,インフルエンザであっても同じだ.検査の限界を認識して,診断確定・否定にこだわりすぎないことが大事だ.検査が万能なのではないのだ.もちろん,重症患者で入院する場合に,感染対策の方法を決めるのに検査が必要であることは当然であるが,この場合には迅速に検査がされるべきである.
医療機関が対応を誤ると,感染拡大は防げないばかりか,かえって助長させることになりかねない.

迅速検査は15分で結果が出る?

ところで,2020年2月27日に,SARS-CoV-2の迅速IgM-IgG結合抗体テストの診断特性についての論文3が発表された.
これによると,中国でPCR陽性が確認されたCOVID-19患者397人と陰性患者128人を対象に調べたところ,血液サンプルからの迅速IgM-IgG結合抗体テストはPCR検査と比較して,感度88.66%,特異度90.63%とのことだった.この検査は15分で結果がわかるとされており,安倍総理大臣の記者会見にあった「15分程度に短縮できる新しい簡易検査機器」はこれなのかもしれない.
感度,特異度ともに90%とは,かなり診断特性が良いように見える. ただ,注意しなければならないのは,この診断特性はPCR検査をreference standardとして求められたものであるので,PCR検査の感度が低い以上,正確なSARS-CoV-2感染患者に対するものと異なる可能性が高い.

SARS-CoV-2診断の手順

いずれにしても,PCR検査に過信は禁物であり,検査は少しでも疑えば行うというのではなく,症状や経過,状況などを総合的に鑑みて事前確率を高めてから行うべきである.
EBM的思考では,検査特性を理解して,必要な検査を最小限行う.そして,検査を行ってその結果で行動が変わるならば,検査を行うのが原則だ.結果で行動が変わらないならば,その検査はやるだけ無駄である.検査を受けることで安心したいという気持ちはわかる.しかし,検査結果が陰性でも全然安心できないのだ.診断にアプローチする際には,まず感度の高い検査を行って病気の可能性の低い人を除外してから,残った人に特異度の高い検査を行って診断を確定するという手順を踏むことが多い.
SARS-CoV-2感染で診断意義があるのは,入院患者,特に重症患者における感染防御である.フルPPEなど通常と異なる対処を行うからだ.軽症患者で入院が必要なければ,自宅安静と対症療法であり,これは SARS-CoV-2感染 でなくとも同じである.特別な治療法があるわけではない.したがって,まずは入院が必要かどうかの判断,すなわち肺炎であるか(通常の肺炎は軽症であれば入院不要であるが,COVID-19でああれば1週間ほど経過した後に重症化する可能性があるので,入院が望ましい)どうかの判断が先である.すなわち,胸部X線やより感度の高い胸部CTで肺炎が証明された後に SARS-CoV-2 PCR検査を行うという順番にするべきである.感度が低く特異度が高いPCR検査は確定診断に用いるものであり,除外診断には不向きだからだ.そう考えると,スリガラス像は胸部X線では見えづらいので,必然的にCTの設備のない診療所などでは SARS-CoV-2 PCR検査は行うべきではないことになる.
ゆめゆめ,安易に検査を求めるなかれ.

なお,些細なことであるが,COVID-19は疾患名であるから,「COVID-19感染者」という用語は誤りだろう.「SARS-CoV-2感染者」であっても,必ずしもCOVID-19を発症していない人がいるので,使い分けるべきである.

※四分表の一部と,また本文の表現をよりわかりやすくするために改変しました(2020年3月3日).
※四分表中の数字が誤っているとのご指摘を受けましたので,修正しました(2020年3月27日).

  1. Richardson SE, Tellier R, Mahony J. The laboratory diagnosis of severe acute respiratory syndrome: emerging laboratory tests for an emerging pathogen. Clin Biochem Rev. 2004 May252133-41. PMID: 18458711; PMCID: PMC1904415.
  2. Peiris JS, Chu CM, Cheng VC, Chan KS, Hung IF, Poon LL, Law KI, Tang BS, Hon TY, Chan CS, Chan KH, Ng JS, Zheng BJ, Ng WL, Lai RW, Guan Y, Yuen KY; HKU/UCH SARS Study Group. Clinical progression and viral load in a community outbreak of coronavirus-associated SARS pneumonia: a prospective study. Lancet. 2003 May 24;3619371)1767-72. : 10.1016/s0140-673603)13412-5. PMID: 12781535.
  3. Li Z, Yi Y, Luo X, Xiong N, Liu Y, Li S, Sun R, Wang Y, Hu B, Chen W, Zhang Y, Wang J, Huang B, Lin Y, Yang J, Cai W, Wang X, Cheng J, Chen Z, Sun K, Pan W, Zhan Z, Chen L, Ye F. Development and Clinical Application of A Rapid IgM-IgG Combined Antibody Test for SARS-CoV-2 Infection Diagnosis. J Virol. 2020 Feb 27:10.1002/25727. : 10.1002/25727. ahead of print. PMID: 32104917
(雪の残る伊吹山,2018/3/10撮影)

(雪の残る伊吹山,2018/3/10撮影)

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