はしか(麻しん)にかかった人はワクチンを打った人ばかり,ワクチンは意味がないのか!?

東京都新宿区で麻しんへの集団感染で12年振りの学年閉鎖
東京都新宿区の小学校で児童と教職員18人の麻しんへの集団感染が確認され,2014年来12年振りの学年閉鎖になったことが報道で伝えられている.そして,18人中16人(88.9%)はワクチン2回接種済みだったとのことだった.ということは,ワクチンを接種しても効果がないということなのか?
麻しんワクチンの効果
つい最近,日本プライマリ・ケア連合学会の感染症委員会が,「プライマリ・ケアのための感染症情報サイト」で,麻しんについての新しい記事をリリースした.
この記事中に「麻しんワクチンは、1回接種で約93〜95%、2回接種で97〜99%の予防効果があります。 」とあり,これはこれで正しいのだが,「97%の予防効果」というと,これを見た人はワクチンを打っていればほぼ防げるんだと思うので,「18人中16人はワクチン2回接種済み」と聞いて驚くかもしれない.人によってはワクチンの効果に疑問を持つだろう.
この「97%の予防効果」は,「麻しんにかかるはずだった人の97%がかからずに済み,3%はかかってしまう」の意味だ.だからもちろん,決して「麻しんにかかった人の3%がワクチン接種者」という意味ではない.
感染者に占めるワクチン接種者の割合についての思考実験
2026年4月1日時点の新宿区の推計人口は354,444人.仮に区内で麻しんを発症している人が現在判明している18人だけだと仮定して(実際には未診断の人もいるだろうし,時間とともに増える),麻しんワクチン接種率によって麻しん罹患者中のワクチン接種者の割合がどう変わるかをシミュレートしてみる.
もし麻しんワクチン接種率が10%だったとしたら
もし麻しんワクチン接種率が10%だったとしたら,新宿区人口54,444人のうちワクチン未接種者は319,000人.ワクチン接種者の罹患リスクが未接種者の3%と仮定すると,ワクチン未接種者の麻しん罹患率をp1として,
319,000人×p1+35,444人×p1×0.03=18
となるので,ワクチン未接種者の麻しん罹患者は17.94人,ワクチン接種者の麻しん罹患者は0.06人となり,罹患者中のワクチン接種者の割合は0.33%となる.したがって,はしかにかかった18人中ワクチン接種をした人は1人もいないことになる.
| ワクチン未接種者 | ワクチン接種者 | 合計 | |
| 人口 | 319,000人 | 35,444人 | 354,444人 |
| 罹患者 | 17.94人 | 0.06人(罹患者の0.33%) | 18人 |
もし麻しんワクチン接種率が90%だったとしたら
もし麻しんワクチン接種率が90%だったとしたら,ワクチン未接種者は35,444人で,ワクチン未接種者の麻しん罹患率をp2として,
35,444人×p2+319,000人×p2×0.03=18
となるので,ワクチン未接種者の麻しん罹患者は14.17人,ワクチン接種者の麻しん罹患者は3.83人となり,罹患者中のワクチン接種者の割合は21%となる.
| ワクチン未接種者 | ワクチン接種者 | 合計 | |
| 人口 | 35,444人 | 319,000人 | 354,444人 |
| 罹患者 | 14.17人 | 3.83人(罹患者の21%) | 18人 |
もし麻しんワクチン接種率が99%だったとしたら
もし麻しんワクチン接種率が99%だったとしたら,ワクチン未接種者は3,544人で,ワクチン未接種者の麻しん罹患率をp3として,
3,544人×p3+350,900人×p3×0.03=18
となるので,ワクチン未接種者の麻しん罹患者は4.53人,ワクチン接種者の麻しん罹患者は13.47人となり,罹患者中のワクチン接種者の割合は75%に上がる.
| ワクチン未接種者 | ワクチン接種者 | 合計 | |
| 人口 | 3,544人 | 350,900人 | 354,444人 |
| 罹患者 | 4.53人 | 13.47人(罹患者の75%) | 18人 |
ワクチン接種率の違いによる罹患者中のワクチン接種者の割合まとめ
以上をまとめると,以下のようになる.
| ワクチン接種率 | 罹患者中の未接種者 | 罹患者中の接種者 | 罹患者中のワクチン接種者割合 |
| 10% | 17.94人 | 0.06人 | 約0.33% |
| 90% | 14.17人 | 3.83人 | 約21.26% |
| 99% | 4.53人 | 13.47人 | 約74.81% |
ワクチン接種率が高いほど,罹患者中のワクチン接種者の割合は高くなることが分かる.
麻しん罹患者18人中16人がワクチン接種していたことの意味
では,麻しん罹患者18人中16人がワクチン接種していた場合はどうだろうか.全人口のうちのワクチン接種者の割合を逆算することができる.
麻しん罹患者中の接種者の割合をP,罹患率をaすると,ワクチン接種者の罹患者は354,444人×P×a×0.03,ワクチン未接種者の罹患者は354,444人×(1-P)×aなので,
これを解くと麻しん罹患者中の接種者の割合は P=99.63% となる.つまり,地域住民のほとんどが麻しんワクチンを接種していたということを意味する.
これの意味するところは,感染した人にワクチンを打っている人が多い,と感じたら,ワクチンには効果がないということではなく,その地域では,きちんとワクチンを打っていた人が多いということの裏付けになるのだ.よく考えたら当たり前ではあるけれど.
追記(2026年5月3日):
新宿区の麻しんワクチン接種率について,東京都保健医療局の公表によれば,令和6年度の新宿区は第1期が94.0%,第2期が87.2%と特別区内ではむしろ接種率が低いというご指摘を受けました.上記思考実験の結果と大きく異なりますが,乖離が生じた理由としては以下のようなものが考えられます.
- 報告数と真の罹患者数との乖離:接種者は軽症化しやすく過少報告される可能性がある
- 公表接種率と集団の免疫保有状況の乖離:1回接種世代(おおむね1972年以降生まれの一部)では2回接種世代と比べ防御能が低い可能性がある
- ワクチン効果の現実値の不確実性:1回接種者では特に経年減衰の影響が大きい
- 罹患者集団の選択バイアス:
- クラスター発生地特異性:感染源は特定の小学校で起こっているため,「新宿区で発生した18人」が新宿区民の代表サンプルではないという地理的・社会的偏り
- 登録住民と実際の居住者の違い:新宿区は流動人口・若年外国籍住民が多いため住民登録ベースの接種率と実際の居住者の免疫状態は乖離している
- 接触者調査による発見バイアス:観測サンプルが小学生に集中するため,成人を含む区全体の接種率より接種率が高い集団を観察していることになるという検査機会の偏り
いずれにしても,さまざまな要因により影響を受けるので単純化したモデルでは現実的な値との乖離が生じてしまいますが,本エントリーの趣旨としては,思考実験を通して感染者にワクチンを打っている人が多いからワクチンに効果がないと考えるのは早計で,ワクチンを打っている人が多い集団では,感染者に占めるワクチン接種者の割合も必然的に高くなる,ということを伝えたかったのです.


