コロナワクチンを安全に早急に打つには集団接種が望ましい
2021年2月17日,わが国でもコロナワクチン接種が始まった.
日本はコロナワクチンの開発や調達で他国よりも遅れを取っており,日本経済新聞と英フィナンシャル・タイムズの集計によると,2021年5月14日現在で100人あたりの接種回数がトップの132.1回であるセーシェルに対して,日本は4.4回で,世界117位と低迷している.ちなみに米国は79.7回,英国は82.1回,中国は25.3回,韓国は8.6回,台湾は0.5回,インドは12.9回である.
現在わが国では,医療従事者の接種に続き,一般住民への接種が始まっている.ファイザー社のワクチンが提供され,全額公費で接種を行うため,無料で接種を受けることができる.原則として,住民票所在地の市町村(住所地)の医療機関や接種会場で接種することが決められているが,市町村ごとにその方法は異なり,個別接種,集団接種,巡回接種を組み合わせた方法を取る自治体が多い.
ところが,いざ接種が始まってみると,自治体や医療機関への予約が殺到して,なかなか予約がとれない1),複数の予約をとって接種の時期が遅いほうがキャンセルするケースが後をたたない2)など,混乱の様相を示している.
現在各医療機関では,コロナワクチン接種に協力し,接種体制の整備を進め,実際に接種を開始している.診療所でも,さまざまな工夫を行ってワクチン接種に貢献しているところは多い.しかし,短期間にできるだけ多くの市民に対してコロナワクチン接種を安全に行うというミッションを達成させるためには,診療所ではなく地域の病院で一元化して行うのを基本戦略とするのが合理的ではないだろうか.その理由は,以下のとおりである.
1)運搬の煩雑さ
よく知られている通り,現在利用可能なファイザー社製のワクチンの保管温度については,-90℃~-60℃で6ヶ月間の保管が可能だが,-75℃の超低温冷凍から-15~-25℃の温度帯での冷凍に移した場合は,14日間の保存期間になる3).特に,一度溶けたワクチンが再凍結しないように注意する,振動を避ける,ロットの管理を厳重にするなど移送にあたっては厳格な留意点が決められている4).つまりこれは,移送,保管の方法のいずれかの時点でエラーが生じると,ワクチンを失活させて使い物にならなくしてしまうリスクがあることを意味する.
もし診療所での個別接種を推進するとなると,倉庫から各診療所への移送の機会が増えるのだから,貴重なワクチンを失活させるようなトラブルのリスクも増えることになる.しかも,失活したかどうかは確認するすべもない.したがって,現時点で貴重なワクチンを失活させるようなリスクは極力避けるべきである.
2)廃棄のリスク
現在利用できるファイザー社製のワクチンは,1バイアルから5~6回分採取することができるとされている.予約制で接種をする場合,予約分のワクチンを確保し,接種前から溶解しシリンジに詰める作業を行うのだが,当日対象者の具合が悪くなるなどで接種できず,ワクチンに余剰が生じることがある.その場合,未接種で同日に打てる人を探すことになる.
病院での集団接種ならば,代わりに打てる人を探すことは職員や外来受診患者・入院患者に呼びかけるなどで比較的容易だが,もともと接種対象者数が少ない診療所では打てる人を急遽探すことが困難である.その結果,希釈後6時間以内に接種できない場合には,貴重なワクチンを廃棄せざるを得なくなる可能性がある.よもや,廃棄せずに翌日の接種に使用しているなどということはないと思うが...
コロナワクチン接種は,なるべく大きな会場で行うほうが,廃棄を減らすことができる.
3)アナフィラキシーへの対応
現場での実際の接種上問題となる副反応はアナフィラキシーである.厚生労働省の新型コロナワクチンの副反応疑い報告についてによると,2021年5月2日までの国内での新型コロナワクチン接種による死亡例の報告は3,823,386回接種中28件で,100万回あたり7.3件である,アナフィラキシー発生は3,823,386回接種中107件で,100万回あたり28件である.これは,インフルエンザワクチン接種によるアナフィラキシー発生の100万回あたり0.68回5)の41倍にも上る.
アナフィラキシーは,その頻度の低さから,診療所ではアナフィラキシー発生時に適切に対処をすることに慣れている医師・スタッフがいない場合も多い.また,アナフィラキシーがめったに起こらないことから,常備しているアドレナリンが有効期限切れだったり,そもそもアドレナリン自体が置かれていない場合もある(これを機に用意すればいいだけのことだが).さらに,コロナワクチンは接種後は15分間待機する必要があるが,特に都市部の診療所は待合室も狭く,待機場所を確保することが困難である.そのため,準備の煩雑さの割に接種数を増やすことが困難である.インフルエンザワクチンでは,接種後の待機は行われていないことが多く,実際頻度を考えるとその必要もないので,その心配は不要という意味では,事情が異なる.
大量に接種をすることを考えると,稀なアナフィラキシーがたまたま同時に複数発生することも想定して,それに対処できる大きな会場で行うのが合理的と考えられる.
4)診療所は訪問接種でコロナワクチン接種事業に貢献するのが最適
診療所内でのワクチン接種は,不特定多数が集まり,密になることによる感染拡大のリスクを抱えていることを考えると,望ましくない.それよりは,医療機関へ接種に来られない在宅診療患者や施設入所者に対しては訪問接種が必要になるが,診療所にはその機動力を活かして力を発揮するのが適材適所というものだ.
これまで個別接種を準備してきた診療所も多く,創意工夫を凝らしてきたと思うが,リスクとベネフィットと費用対効果を考えて,診療所だからこその役割を果たしていくのがいいのではないだろうか.
5)接種予約について
個別の医療機関での予約受け付けは,通常業務に付加的に行うと対応が困難である.実際,予約が取れないことに対するクレーム対応に追われている医療機関もある.そのため,自治体で一元管理して予約を取るようにするのが良いだろう.その際,3週間隔で2回打たなければならないのだから,1回目と2回目をセットで予約するべきだろう.1回目のキャンセルがあった場合は,自動的に2回目の予約もキャンセルすべきである.
何らかの理由でコロナワクチンの余剰が出た場合,現状では破棄するか,さもなければ代わりに打てる人を探すことになるが,急遽接種することになった人が優先接種の対象者でない場合には,しばしば不公平だと指摘される.
これに対する対策としては,自治体の予約窓口で,キャンセル待ちの受付をしておくのが良いだろう.キャンセルが生じた,もしくは余剰が生じることが判明した時点でキャンセル待ち登録者に連絡をして,同日中(ワクチンの溶解から6時間以内)に来院可能かを聞き,希望する場合には接種する.希望しない場合や電話で連絡がつかない場合には,次のキャンセル待ち登録者に譲る.
現在,ワクチン供給が律速になって接種スケジュールが遅れている.限られた接種数しかないのであれば,優先順位を供給量に合わせてこまめに設定するべきだろう.例えば500人の接種枠に対して1000人の住人に接種の案内をすれば,予約ができない人が出て当然である.もっと細かくグループ分けして予約を取るようにしたほうがうまくいくのではないか.
6)かかりつけ医との関係
かかりつけ医がいる患者は主治医が(いる医療機関で)打つべきだ/打って欲しい,定期受診以外に医療機関を受診するのが面倒だという意見もあるだろう.余裕があるならばもちろん主治医が打つので良いが,最短期間でできるだけ多くの市民に安全に打つミッションを遂行するためには,それにこだわるべきではない.
コロナワクチンが禁忌になる人は僅かだが,既往歴やこれまでの診療内容を把握した上でコロナワクチン接種をするべきだろうという意見もあるだろう.ごもっともだし,私もそのように思う.これを機に,主治医は,患者の診療内容をまとめて患者に渡しておくのはどうだろうか.夜間の救急外来で,普段の診療内容が分からず困ることもあるので,究極的には全国電子カルテオンライン化だが,患者にとってメリットが大きいはずである.
15分の待ち時間に,かかりつけでない医療機関で健康に関する啓発を受けられたら,それはそれで市民にとってもメリットがあるのではないか.コロナワクチンだけでなく,他のワクチンも打ちましょうとか,出された薬は忘れず飲みましょうとか,伝えることはいくらでもある.
コロナワクチンを安全に早急に打つには集団接種が望ましい
以上の理由から,いずれ診療所での個別接種に移行することは妨げないが,一気に大量な接種を安全に進めていく必要性を考えると,まずは一定規模以上の地域の病院にリソースを集約化させて集団接種を行うことが,効率,安全性の面からも,少なくとも現時点では望ましいのではないだろうか.もちろん,診療所はワクチン接種をしなくていいと言うつもりはない.特に,接種会場に来られない訪問診療患者や施設入所者への接種においては,診療所の機動力が有利になるだろう.また接種会場となる病院における接種担当医師・スタッフはその病院だけでは対応が困難なケースも多いので,その場合には,近隣の小病院や診療所からも当番を決めて集団接種会場へスタッフを応援するのが良いと思われる.
- ”予約が取れない”新型コロナワクチン接種,NHK,2021年4月16日20時53分
- ワクチン接種 予約のキャンセル相次ぐ “予約の重複控えて”,NHK,2021年5月14日18時05分
- ファイザー新型コロナワクチンに係る説明資料―ワクチンの取り扱い―,ファイザー社,2021年5月6日
- 新型コロナウイルスワクチンの接種体制確保について 自治体説明会③,厚生労働省健康局健康課予防接種室,2021年2月17日
- Nakayama T, Onoda K. Vaccine adverse events reported in post-marketing study of the Kitasato Institute from 1994 to 2004. Vaccine. 2007 Jan 5;25(3):570-6. doi: 10.1016/j.vaccine.2006.05.130. Epub 2006 Aug 4. PMID: 16945455.