新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の臨床的特徴からプライマリ・ケア外来での診療を考える
いよいよSARS-CoV-2の流行期に入り,一般診療でも,COVID-19を念頭に置いた診療を行う必要が出てきた.
一般のプライマリ・ケア外来での診療をどのように行えばいいのか.近日中に日本プライマリ・ケア連合学会が診療の手引きを出すので,これを参考にするのが良いだろう(私も作成に関わった).
おそらくプライマリ・ケア外来で最も難しいのは,どの患者がSARS-CoV-2感染患者なのかを予測することだろう.普通の風邪とは病歴や身体診察から鑑別するのは難しいと言われるが,何かしら安全に除外できる方法はないものだろうか.
最多症例数の研究からCOVID-19の病像に迫る
現在発表されている患者の特性についての最も症例数の多い報告は,NEJMに載った以下の中国の論文1(n=1,099)と思われる.
Guan WJ, Ni ZY, Hu Y, Liang WH, Ou CQ, He JX, Liu L, Shan H, Lei CL, Hui DSC, Du B, Li LJ, Zeng G, Yuen KY, Chen RC, Tang CL, Wang T, Chen PY, Xiang J, Li SY, Wang JL, Liang ZJ, Peng YX, Wei L, Liu Y, Hu YH, Peng P, Wang JM, Liu JY, Chen Z, Li G, Zheng ZJ, Qiu SQ, Luo J, Ye CJ, Zhu SY, Zhong NS; China Medical Treatment Expert Group for Covid-19.
Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China.
N Engl J Med. 2020 Feb 28. : 10.1056/NEJMoa2002032.
PMID: 32109013.
ここではこれをもとに,プライマリ・ケア外来での診療の方法を考える.
本論文では,2019年12月11日~2020年1月29日に中国で報告された鼻腔または咽頭のスワブ検体のRT-PCR検査によってCOVID-19が証明された入院患者と外来患者を対象としている.COVID-19の全入院患者7,736のうち,1,099人(14.2%)のデータについて解析した. 全数調査でなく,またどのように患者が選ばれたのかがわからないので,何らかの抽出バイアスが入り込むことは避けられない.
ここに挙げられた症状などの割合は感度に相当するが,特異度はわからない.ただ,プライマリ・ケアセッティングでは除外することが大事で,疑われたら高次医療機関に送ってPCR検査を行うという流れにするべきなので,感度がわかることは大変有益である.これだけの症例数があれば,それなりに意味のある数字になるだろう (本来は感度だけでは除外できるかどうか分からず,有病割合と特異度も必要である) .
以下,プライマリ・ケア外来で主に診ることになる非重症患者について,感度に優れた所見を中心に見ていきたい.なお,本論文における「重症」の定義は,アメリカ胸部疾患学会(American Thoracic Society:ATS)の市中肺炎診療ガイドラインの基準に従い入院時のものを採用している.CURB-65で重症度の判定がされており,これは日本呼吸器学会の成人肺炎診療ガイドライン2017で採用されているA-DROP score 3項目以上とほぼ同義である.
まず,疫学的情報では,0~14歳の割合が0.9%と小さい.これは,施設によっては小児患者が調査対象となっていない可能性がある.一般的に,小児は感染しても症状が目立たないことが指摘されているので,検査対象となっていないことが理由となるかもしれない.
潜伏期間は中央値で4.0日(四分位範囲2.8~7日)であり,概ねこれまで言われていたことと一致する.
次に,入院時の体温は,中央値が37.3℃と軽度の微熱しかないことに注意が必要である.3月9日時点での厚生労働省の「帰国者・接触者相談センター」に相談する基準でも,発熱は必須項目ではない.
37.5℃未満の人が半数以上いる.そして入院期間を通じて,最高体温が37.5℃未満の患者が10.2%いる.一方で,入院時に39℃を超えた患者が3.3%しかいないことは注目に値する.入院期間を通じても,39.0℃を超えた患者は11.4%しかいない.
発熱の他にも,COVID-19に特徴的な症状はない.咳嗽も67.3%しかないし,呼吸困難に至っては非重症例では15.1%しかない.つまり,この症状がなければCOVID-19ではないと言えるものは,残念ながらないのである.
一方で,COVID-19でまれな症状はいくつか挙げることができる.非重症患者のおおよそ5%以下しかみられない症状には,結膜充血,鼻閉,血痰,嘔気・嘔吐,下痢,咽頭発赤,扁桃腫大,リンパ節腫脹,皮疹が挙げられる.もちろん,ないことを証明するのはあることよりも難しく,見逃しがあることは考慮しなければならないが,これらの症状がたくさんあるほど,COVID-19らしくないと考えることはある程度妥当だろうと考えられる.
放射線学的所見では,胸部X線単純写真での異常は非重症患者の半数程度にしかみられていない.特徴的なスリガラス影に限定すると17.3%しかない.つまり,胸部X線単純写真で除外することはできないと考えるべきである.
一方,胸部CTでの異常でも84.4%しかない.つまり,非重症のCOVID-19の6人に1人は胸部CTではわからないことになる.ましてや,スリガラス影は非重症例で55.6%,重症例でも60.5%しかみられていない.胸部CTがPCR検査よりも感度が高いことは,別の報告2,3で指摘されており,したがって胸部CTで異常が認められなければCOVID-19は否定できると思われがちだが,決して胸部CTで否定できるわけではないことに注意が必要である.
その他の検査では,白血球数の中央値が4,900/mm3であり
これらの結果は,2月7日に発表された武漢の病院に入院した138例の患者の特徴をまとめた論文4でも,それほど大きな違いはない.
この論文の1週間後に発表された武漢の病院に入院した41人の患者の特徴をまとめた論文5では,非ICU入室患者28人のデータで,来院時の最高体温が39.0℃を超えた患者が11人(39%)にのぼったとあるが,発症から病院に来るまでの期間の中央値は7.0日となっていたことから,経過とともに悪化する場合には体温が上昇してくるのかもしれない.
この論文で特徴的なのは,発症からの経過である.発症からの期間の中央値(四分位範囲)は以下のようになっている
発症~受診:7.0日(4.0~8.0)
発症~呼吸困難:8.0日(5.0~13.0)
発症~ARDS:9.0日(8.0~14.0)
発症~人工換気:10.5日(7.0~14.0)
発症~ICU入室:10.5日(8.0~17.0)
このように,重症化する場合には,発症1週間を経過した後に急激に悪化していることがわかる.
プライマリ・ケア外来におけるCOVID-19の診療アルゴリズム
本来は,今回の1,099人のデータを用いて臨床予測ルールを作成できればよいのだが,ざっくり考えると,以下のように考えられるだろうか.
<SARS-CoV-2感染が考えにくい患者>
・発症1週間以内体温39℃以上
・結膜充血,鼻閉,血痰,嘔気・嘔吐,下痢,咽頭発赤,扁桃腫大,リンパ節腫脹,皮疹については,数が多ければ多いほど
・白血球数>10000/mm3 かつ リンパ球数> 1,500/mm3
2月13日に発表されたLancet Respir Med の論文6にはCOVID-19の診療アルゴリズムが提案されているが,いまいち日本のプライマリ・ケア診療の現場では使いにくい.
COVID-19は80%が軽症のまま回復し,14%が重症化し,5%が集中治療を要するので,80%の軽症をいかにプライマリ・ケアで留め,残りの20%の重症・重篤患者を迅速に高次医療機関に転送して集中的に治療できるかが重要と考える.そのため,以下のようなアルゴリズムを考えてみた.
コンセプトは以下の通りである.
・なるべく病歴とバイタルサインで診断に迫る
・接触感染を引き起こしうる身体診察は,なるべく最小限にする
・消毒や感染防護に手間のかかる画像検査は,なるべく最小限にする
・PCR検査は保険収載されたものの,3月9日現在どこの医療機関でも行えるのではなく指定医療機関でのみ行えるため,最後に確定診断の目的で行う
・このため,通常は病歴→身体診察→検査→重症度判定→治療の順番が原則だが,治療の必要性に応じて順番を入れ替える
・明らかな肺炎がなくても,SARS-CoV-2に感染している可能性を考慮し,患者に情報提供と自宅安静の重要性を説明する
濃厚接触者の定義は,英国GP向けのガイド7に示されている.これによると,以下のいずれかに該当する者を指す.
・感染が確認された人と同じ世帯に住んでいる
・適切な個人用保護具なしで,感染が確認された人または体液と直接接触した
・感染が確認された人との任意の時間の対面接触
・感染が確認された人から2メートル以内に15分以上いる
・確認された症例との接触が発生したことを保健所などから通知されている
アルゴリズム中にあるHeckerling scoreとは,肺炎の診断予測ルールである.胸部X線単純写真を撮影するかどうかの判断に用いるものである.事前確率によってこの診断予測ルールの結果の解釈は変わる.60歳以上では0項目であっても肺炎の可能性が5%を超えるので除外できず,画像診断は必要になる.50歳代では3項目以上で,50歳未満では3項目以上で肺炎の事後確率がおよそ5%を超えるので,画像診断を行う.
SARS-CoV-2のPCR検査は別エントリーでも書いた通り,感度の低さから偽陰性がたくさん生じるので,全例で行うべきではない.あくまでも最終的な確定診断を目的に行うよう限定すべきである.
場合によってはインフルエンザの鑑別が必要になるが,インフルエンザ迅速検査は原則として行わない.鼻腔をスワブして検体を採取するときにくしゃみや咳を誘発してエアロゾルを発生させてしまう可能性があり,医療者へ感染させてしまう恐れがあるためである.したがって,インフルエンザの診断は,症状と経過と周囲の流行状況によって行う.
また,COVID-19にとらわれるあまり,マイコプラズマ感染症,花粉症,結核などの診断が疎かになりがちなので,通常行っている診療を忘れずに行う.
そして,帰宅する際には,SARS-CoV-2感染を念頭に感染拡大防止のため,自宅安静と外出の自粛要請の必要性を十分に説明することが重要である.
以上,1,000例を超えるCOVID-19の入院症例の特徴から,プライマリ・ケア外来における COVID-19の 診療の手順を考えてきたが,この論文の結果だけを信じていいのかという問題もあり,この考察が正しい保証はない.特に,入院していないCOVID-19患者の特徴については,その病像が明らかになっていない.このアルゴリズムも全くの私案であるので,議論のたたき台として提案する. このアルゴリズムがそのまま使えない状況もあるので,実際の診療の方法については各施設や地域の状況や環境によって決められたい.
また,このアルゴリズムは,新しい知見が得られたら,適宜修正する予定である.
- Guan WJ, Ni ZY, Hu Y, Liang WH, Ou CQ, He JX, Liu L, Shan H, Lei CL, Hui DSC, Du B, Li LJ, Zeng G, Yuen KY, Chen RC, Tang CL, Wang T, Chen PY, Xiang J, Li SY, Wang JL, Liang ZJ, Peng YX, Wei L, Liu Y, Hu YH, Peng P, Wang JM, Liu JY, Chen Z, Li G, Zheng ZJ, Qiu SQ, Luo J, Ye CJ, Zhu SY, Zhong NS; China Medical Treatment Expert Group for Covid-19. Clinical Characteristics of Coronavirus Disease 2019 in China. N Engl J Med. 2020 Feb 28.
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(備中松山城 二の櫓門跡から望む天守,2016/3/21撮影)