Choosing Wisely®はどれだけ役に立っているのか

2010年,Institute for the Medical Humanities所長でテキサス大学家庭医学科教授のBrody H氏が,N Engl J Med誌に「Medicine’s ethical responsibility for health care reform- the top five list」1を掲載した.翌2011年,過剰医療の抑制と適正化を目的として米国内科専門医機構 (ABIM)財団が始めたChoosing Wisely®キャンペーンは,世界各国にその輪を広げていった.わが国でも,2016 年10 月に医師,薬剤師,医学生,患者・市民など,さまざまな立場の12人が集まり,Choosing Wisely Japan2が設立された.現在,80以上の学術団体などが,エビデンスに基づいた550以上の推奨を提示している.順風満帆に見えるキャンペーンだが,EBMの立場から見ると,必ずしもうまくいっているとは言い切れない.本稿では,Choosing Wisely®の影の部分に焦点を当てて論じてみたい.

Choosing Wisely®は医療の質を改善し,ケアのコストを下げるものか?

呼吸器・集中治療領域のChoosing Wiselyリストは2014年に公表されたが,それらのリストが医療の質の改善やケアのコストの低下に寄与したかについて検討した論文3が発表された.この論文によると,Choosing Wisely®の推奨がコストや医療の質に影響する条件としては,①これまでリストに反する診療を行っていたが,意思決定の際にリストを遵守するようになったことと,②その意思決定が低価格でケアの質を改善することが必要とされている.しかし実際には,ほとんど行動は変わっておらず,コストや医療の質への影響も当初の予想よりも小さいことが分かったという.

医師の行動が変わらない理由にはいくつかあるが,まず,「5つのリスト」の根拠とされるエビデンスが,システマティックレビューによって作られたものでなく,エビデンスのグレード評価について透明性に欠けると指摘されていた.また,引用された文献の批判的吟味もなされていなかった.医師自身に当事者意識がなく,コストを減らし,無駄な医療行為をやめることについての責任感を持たないことも原因だという.

なぜChoosing Wisely®は医師の行動を変えないのか?

今年3月に発表された論文4では, Choosing Wisely®が医師の行動を変えない理由として8つ挙げている.

1)私たちの患者は,痛み,不安,長期間の待機時間など,多くの原因による苦痛に影響を受ける.彼らの期待に検査や治療が含まれることがあるため,エビデンスが乏しいことやコストが抑制できることを話しても納得してもらえないのである.

2)多くの検査が,それを行うことで高い収益が得られる.その一方で,多くのChoosing Wisely®の推奨について患者と話しても,その労力に見合う効果がないことを,臨床現場ではしばしば経験する.例えば,頭痛を主訴に受診した患者に,丁寧に病歴を聴いて機能性頭痛だと診断しても,「くも膜下出血が心配なので頭部CTを撮影して欲しい」という希望を覆すには至らない.説明をしてもしなくても,結局,頭部CTを撮影することになるので,説明するだけ徒労に終わるのである.そこでもし意地を張って頭部CTを撮らなかったとしたら,患者は満足が得られないばかりか,病院からの帰り道に別の病院を受診してしまうだろう.

3)Choosing Wisely®の推奨は,大学教授など,主に学者である医師によって策定されているので,現場の最前線にいる医師の感覚と乖離している.いわゆるevidence-practice gapと呼ばれるもので,研究で対象となった患者は一般の患者を必ずしも代表していないため,現場にそぐわない推奨になっていることがある.

4)Choosing Wisely®の本来の目的は,偽陽性や他の医原性の害のリスクを避けることである.しかし,コスト削減の効果ばかりが注目され,Choosing Wisely®が必要な医療まで削ってしまうと誤解されている.

5)Choosing Wisely®は推奨を提示するものだが,ほとんどの場合,実際にその推奨が遂行されているかのモニタリングは不十分で,信頼性の高い監査やフィードバックがなされていない.そのため,知識としては知っていても,実行されていなかったり,価値の低い介入が乱用されたりしている.

6)一部のChoosing Wisely®の推奨は,信頼できるエビデンスに基づいておらず,あるいは,推奨が発表された後に相反する新たなエビデンスが発表されても,修正されることがない.特に,1本の論文,それも症例集積研究や症例対照研究のような頑強さの低い研究デザインの論文を引用して推奨を作成しているような場合,それはたまたま発表された報告であり,異なる結論を示す論文が別に存在しているかもしれない.

7)Choosing Wisely®の推奨で扱われている価値の低い介入が,どのくらい実施されているか把握されておらず,実はもともとそれほど行われていない可能性がある.また,合理的なベンチマークや目標が不明で,どの程度達成されていれば良いかの指標が示されていないため,推奨からQI戦略に移行することが困難である

8)Choosing Wisely®の認知度が低く,一般には浸透していない.米国の調査では,救急医はどれが正しいChoosing Wisely®推奨かを言い当てることがほとんどできなかったとされている.

以上のように,Choosing Wisely®が医師の行動を変えない理由にはさまざまなものがあり,単に推奨を作成して公表するだけでは,実効性に乏しいといえる.

Choosing Wisely®の推奨は本当にエビデンスに基づいているのか?

今年4月に発表された論文5では,2014年8月までに公表された320の推奨について,その根拠となるエビデンスの強さと引用されている診療ガイドラインを,診療ガイドライン評価の国際標準ツールであるAGREEⅡ6を用いて評価した.その結果,全推奨の70.3%が診療ガイドラインを引用しており,22.2%は一次研究を最高レベルのエビデンスとして引用していた.一方,7.8%は症例集積研究,総説,エディトリアルや質の低いデータを最高レベルのエビデンスとして引用していた.つまり,横並びで示されている推奨であっても,その根拠となるエビデンスの質はまちまちであることがわかる.

さらに,根拠として採用されている23件の診療ガイドラインをAGREEⅡで評価したところ,総スコアの中央値は54.2%(IQR 33.3~70.8%)だった.AGREEⅡは,診療ガイドラインがどのように作られたものかという形式評価をするものであり,「対象と目的」,「利害関係者の参加」,「作成の厳格さ」,「提示の明確さ」,「適用可能性」,「編集の独立性」の6つのドメインに分かれた23の項目で評価が行われる.そして,各項目の内容がどれくらい満たされているかを1~7の7段階で評価し,最終的には,ドメインごとにどれだけ充足しているか,充足率を0~100%で表記する.総スコアの中央値が54.2%ということは,要求されている内容の半分程度しか達成されていないことを示す.この充足率は,米国の診療ガイドラインの平均程度と言え,英国の診療ガイドラインほど高いものではない7

つまり,Choosing Wisely®の推奨の根拠となっているエビデンスは必ずしも質が高いとはいえず,またばらつきもあり,すべてを同列では扱えないという問題がある.

Choosing Wisely®を役に立つものにするにはどうしたら良いか?

まず,国内でのChoosing Wisely®の認知度を上げることである.広く知られなければ,世の中は変わらない.ウェブサイトでの情報発信のほか各種講演会が行われているが,いずれもpull型の情報提供であり,現状では,もともと意識が高い人にしか情報が届からない.診療現場で一から説明しなければならないのでは,医療者の負担を増やすばかりで,現実的には難しい.そのため,医療者にはもちろんのこと,一般市民にも浸透するような戦略が必要である.

また,推奨そのものが,質の高いエビデンスに基づいたものでなくてはならない.Choosing Wisely®の推奨は,診療ガイドラインの推奨と同じであり,エビデンスのシステマティックレビューを行った上で作成するのが基本であろう.質の高いエビデンスによる推奨を作成する必要があり,米国における予防医療の推奨を提示しているUSPSTF8などがその参考になる.

そして,わが国の出来高払い定の診療報酬体系も考え直す必要がある.入院診療では包括医療が導入されており,無駄な医療を省く方向でインセンティヴが働くが,外来診療では,検査も治療もやればやるほど収益が上がるシステムになっている.外来診療も包括医療にするか,出来高払いでも,効果の大きさによって報酬額を決めるoutcome-orientedの診療報酬体系も推進していく必要がある.

以上,本稿ではChoosing Wisely®の影の部分に焦点を当てて論じてみた.より良い医療の普及のために何ができるか,今後も考えていきたい.

文献

  1. Brody H. Medicine’s ethical responsibility for health care reform-the top five list. N Engl J Med 2010; 362(4):283-5.
  2. Choosing Wisely Japan. https://choosingwisely.jp
  3. Admon AJ and Cooke CR. Will Choosing Wisely® improve quality and lower costs of care for patients with critical illness? Ann Am Thorac Soc. 2014 Jun;11(5):823-72.
  4. Atkinson P et al. CJEM Debate Series: #ChoosingWisely – The Choosing Wisely campaign will not impact physician behaviour and choices. CJEM. 2018 Mar;20(2):170-5.
  5. Admon AJ et al. Appraising the Evidence Supporting Choosing Wisely® Recommendations. J Hosp Med. 2018 Apr 25.
  6. AGREE II. http://www.agreetrust.org/.
  7. 南郷栄秀,他.日本の診療ガイドラインの質は低く,改善の余地が大きい.第5回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会,岡山,2014.
  8. U.S. Preventive Services Task Force. https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/.

注1)本エントリーは,医歯薬出版株式会社の週刊『医学のあゆみ』266巻8号(2018年8月25日発行)(http://www.ishiyaku.co.jp/magazines/ayumi/AyumiBookDetail.aspx?BC=926608)に寄稿した「連載Choosing Wisely®キャンペーン」の同名タイトルのコラムを加筆修正したものである.同社の許諾を得て掲載している.

P9145334
大倉山ジャンプ競技場にて,2013/9/14撮影)

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